皆さんは、亡くなった大切な人に守られていると感じたことはありますか?
私の父は、私がまだ生後4ヶ月の時、急性心不全でこの世を去りました。
37歳という、あまりに早すぎる別れでした。
そんな父が「いつも私のことを見守ってくれている」とはっきりと確信した出来事があります。
それは、私が18歳の時のことでした。
車の免許を取り立てだった私は、運転できることが嬉しくて、あちこちへドライブに行くのが唯一の楽しみでした。
ある日の夜中、友人二人を乗せて国道を走っていた時のことです。
夜中で車が少なかったこともあり、若さゆえの過信から、少しスピードを出しすぎていたのだと思います。
ふと前を見ると、信号待ちで停車している車が目に飛び込んできました。
「危ない!」
気づくのが一瞬遅れ、衝突を避けようと無我夢中でハンドルを左に切り、ブレーキを踏み込みました。
しかし、間に合いませんでした。
勢い余った車は、道路脇にある「洋服の青山」の敷地へと突っ込んでしまったのです。
ガシャン!という衝撃音と共に、看板をなぎ倒してようやく止まった車。
ボンネットからは真っ白い煙が立ち込め、自力では一歩も動けない状態になりました。
結局、レッカー車を呼ぶほどの大惨事です。
ところが、不思議なことに、それほど大きな事故だったにもかかわらず、運転していた私、そして同乗していた友人二人は、かすり傷一つ負わず「無傷」だったのです。
壊してしまったのは看板だけで、人様を傷つけることもありませんでした。
事故処理の時、日付を確認して、私はさらに驚きました。
その日は、父の命日だったのです。
父が、守ってくれたんだ……
事故の恐ろしさと、父の深い愛を同時に感じて、涙が止まりませんでした。
そして警察では、母も呼び出され(未成年のため)こっぴどく叱られました。
加速する縁談と、膨らむ「心のモヤモヤ」
あの事故から数年が経ち、私にも縁談の話が持ち上がりました。
知人の紹介で始まった縁談は、私の戸惑いをよそに、周りがどんどん盛り上がり、トントン拍子に進んでいきました。
お相手の住まいがある神戸・三宮まで行き、「ああ、私はここで暮らすことになるのね」と覚悟を決めたりもしました。
でも、どこかノリだけで決まっていく状況に、心の中はいつも「本当にこれでいいの?」というモヤモヤでいっぱいだったのです。
私は何度も父のお墓を訪れました。
「お父さん、本当にこの人でいいのかな……」
墓石に向かって、何度も何度も問いかけていました。
父が引き止めた?次々に露呈する彼の正体
そんなある日のこと、信じられない出来事が起こります。
彼と車で自宅に向かっていた時、警察の検問に遭遇したのです。
近所で検問なんて、後にも先にも一度も見たことがありませんでした。
「免許証拝見します」
すぐに終わるだろうと思っていたら、警察官の顔つきが変わりました。
「ちょっと、車から降りてもらえますか」
彼が、警察官から取り調べを受け始めたのです。
「うそ!何事?」
なんと、彼の免許は1年も前に期限が切れていたのです。
営業職なのに、1年間も無免許で運転していたなんて……。
私の中の不信感は一気に爆発しました。
しかし、私の家族に相談しても
「たまたま忘れただけじゃないの」と、どこか悠長な反応。
さらに、あちらのご家族との食事会では、彼のお母さんが
「〇〇ちゃん、どのお寿司がいい?」と、いい歳をした彼に甲斐甲斐しくお寿司を取ってあげている光景を目の当たりにしました。
「えっ!マザコン?」
絶望する私に、家族はまたしても「そのくらい普通よ」と軽くスルー。
「いい歳をした大人が、ママにお寿司を取ってもらうのが普通なの!?」
叫び出したい衝動を抑えながら、状況に流されるまま、結納の前日を迎えてしまいました。
結納前日の失踪、そして明かされた驚きの真実
指輪を買いに行く約束をしていたその日、彼がいつまで待っても現れません。
不審に思っていた矢先、あちらのご両親から震える声で電話が入りました。
「実は……昨日から会社も無断欠勤で、行方不明なんです」
「はぁ? 行方不明!?」
頭の中は真っ白です。
そこまで結婚が嫌だったの?
会社の人やご両親が必死に探し回り、ようやく見つかった彼の言い分は、さらに驚くべきものでした。
「親には結納金は自分で出すと言ったけれど、実は貯金が全然なくて……どうしていいか分からず、海を見に行っていました」
一晩中、海で悩んでいたという彼。
その情けない理由を聞いた瞬間、私は心の中で叫びました。
「良かった……!これで、やっと破談にできる!」
私は泣きながら(半分は演技、半分は本心の安堵です)
「そんな不実な方とは結婚できません」と告げました。
今回ばかりは、私の家族も止めることはありませんでした。
数年後に気づいた、父が守ってくれた「本当の理由」
しっかり慰謝料もいただき、この縁談は白紙に戻りました。
検問、無免許、マザコン、そして失踪。
次から次へと起こったあのアクシデントは、きっと父が必死に止めてくれたんだ。
そう思わずにはいられませんでした。
しかし、父の「守護」には、さらに続きがあったのです。
それから2、3年後のこと。
日本中を震え上がらせた、阪神淡路大震災が起こりました。
私たちが住む予定だった神戸・三宮も、甚大な被害を受けたと聞きました。
もし、あのまま「モヤモヤ」に蓋をして結婚していたら……。
もし、父が彼のアクシデントを通じて、私を必死に引き止めてくれなかったら……。
今、こうして平和に暮らしている自分があるのは、あの時、父が命がけで縁を切ってくれたから。
空の上から、父は今でも私を全力で守ってくれている。
そう確信した、一生忘れられない出来事でした。
私をいつも守ってくれる父が眠るお墓は、私にとって今でも大切な心の拠り所です。
これからも感謝を込めて、父のお墓をずっと大切に守っていきたいと思います。

🌸最後まで読んでいただき、ありがとうございました。😊

